私は今、南太平洋のツツイラ島というサモア諸島の一つに住んでいます。
海から空に向って一気にそそり立つ山と、浜の間のわずかな土地に、
人々はよりそうように部落を築いて生活しています。
南太平洋に浮かぶ多くの島々がそうであるように、
この島も、元々は火山が隆起してできた島です。
過去の噴火の大きさを物語るように、島の中心には、
山に囲まれた深くておだやかな天然の良港があります。
群青色の南太平洋から湾の入り口をすぎたあたりで、
海は宝石のように輝く珊瑚のエメラルドブルーに色を変えます。
その珊瑚の海では、いつでも海がめが泳いでいました。
大海原を旅しては、この浜に戻ってくるのだと聞きました。
きらきら輝く海は小さな砂浜までたゆとい、
浜から少しあがった土手には、
WileWileという種類の木が佇んでいました。
大きな葉っぱを乗せた枝をたおやかに広げ、それは美しい、立派な木でした。
その木陰は、海に洗われた清冽な風が通りぬける贅沢な場所でした。
私はその木が大好きでした。
多分、あの木を愛していた人は多いと思うのです。
表現が全て過去形なのは、もうその木はこの島にはいないからです。
あの木は、何年…何十年、そこに佇んでいたのでしょう。
ある日、その木は根こそぎ切り倒され、
土手ごと灰色のセメントで塗り固められてしまいました。
このごろ、その海では異臭が漂うこともあり、
家族で集っていた人々も、海がめも、姿を潜めてしまいました。
灼熱の太陽に焼かれるコンクリートは、私たち人間にとっても厳しい条件ですが
天然の浄水作用システムの一部を失った珊瑚の海は、
ときどき遊泳禁止になるほど、環境を変えてしまいました。
この絶海の孤島で「遊泳禁止」というのは、なんとも皮肉なものです。
それでもいずれ私たちは、…きっといつの日か、
自然とバランスをとりながら上手に暮らす道を見つけていけると思っています。
でも、それでも…
切られた木の切り株からは、それきり若葉が出ることはありませんでした。
優しく美しい佇まいだったあの木のことを忘れたくなくて、
一つの物語を作りました。
皆さんに読んでいただければ幸いです。
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